マリネッラ創業110年
ーーイタリアの文化と社会とともにーー
第七回「1960~69年:労働者・学生らによる抗議。社会の大変動」
Jul 22, 2023
2024年6月に創業110年を迎えるマリネッラ。
メンズファッションエディター矢部克已氏による年代別のコラムを、記念すべき周年に向けてお届けいたします。
年代別のコラムは、イタリアの文化・風俗・ファッション・映画・芸術などの歴史を通し、トピック的な政治経済史を挿みながら、この110年の「マリネッラ」の存在を位置づけるものです。「マリネッラ」の代表的な商品となる、ネクタイの伝統的な魅力や、巧みなものづくりを掘り下げるために準備した、イタリアとナポリの歴史哲学的な視座を踏まえています。
大企業や国家を相手に労働問題が喫緊の課題となり、デモ、ゼネストが頻繁に起こる。学生運動も過熱した。一方、ファッションは、オーダーメイド一辺倒からプレタポルテが誕生。生産システムの整備で、最新のスタイルが広まりやすくなる。新ブランドの設立も目まぐるしい。産業が成長するとともに、市民生活の営みに豊かさをもたらしはじめた。
1960年、フェデリコ・フェリーニ監督の映画『甘い生活(La Dolce Vita)』が公開される。世界三大映画祭のひとつ、カンヌ映画祭で“パルム・ドール”を受賞する。同年、ローマのフィウミチーノ空港開設後、すぐにローマオリンピックが開催した。
1961年は、イタリア統一100周年。ミラノサローネの前身となる“イタリア家具サロン”が開始したのも同年だった。世界各国から327社が出展した。
1962年、イタリア・モーダ国立協会(Camera Nazionale della Moda Italiana)がローマで設立。ファッションの拠点がフィレンツェからローマへ移りはじめた。
1963年、「ランボルギーニ」自動車設立。オーナーは、フェルッチョ・ランボルギーニ。『ミウラ』『カウンタック』など、世界的な名車を製造した。同年、イタリア・モーダ国立協会の招聘により、天才デザイナーと呼ばれたウォルター・アルビーニの、はじめてのメンズ・コレクションがローマで開かれた。また1963年は、ボローニャで靴ブランド「エンツォ ボナフェ」が創業。「ア テストーニ」の名靴職人でならしたエンツォ・ボナフェが独立し、当主となる。
ナポリ~ミラノ間の高速自動車道“アウトストラーダ・デル・ソーレ”が1964年に全線開通。同年、パドヴァで「ベルヴェスト」が誕生する。
1965年、ベネトン・グループが北イタリアのトレヴィーゾで創業。日刊紙『イル ソーレ 24 オーレ』が創刊されたのも1965年だった。イタリア最大部数を誇る経済専門紙となる。
1966年、「エルメネジルド ゼニア」が既製服の生産を開始する。
華麗なるファンタジスタ、ロベルト・バッジョが生まれたのは1967年。同年、通称トトこと、イタリアの役者を代表する、名喜劇俳優のアントニオ・デ=クルティス死去。生涯に出演した映画は97本だった。
1968年、ナポリのアルツァーノで「キートン」創業。生地商として名をはせたチロ・パオーネが当主となり、経営面はアントニオ・カローラが支える。同年、ダリオ・ザッファーニによって「セントアンドリュース」誕生。マルケ州のファーノに本拠地を置く。1968年は学生運動が過激化。大学占拠がイタリア全土に拡大した。
1969年、「カラチェニ」「ダッティ」「リトリコ」など、12ブランドが参加した、プレタポルテによるメンズ・コレクションが、ピッティ宮殿のサーラ・ビアンカで開催。あわせて「ゼニア」の生地も紹介された。同年は、ミラノのフォンタナ広場の爆発など、労働者運動が激増した。
3代目のマウリッツィオ・マリネッラは、8歳ごろから店で手伝いはじめる。子供にとって退屈な仕事だったが、数年後、納品先の家主からチップを受け取り、スタッフのひとりとして意識が芽生える。マウリッツィオは、60年代後半にプルオーバーニットの買い付けで、それまでにない鮮やかなカラーバリエーションを発注。祖父エウジェニオ、父ジーノの心配をよそに結果を出した。「マリネッラ」が提案する二大商品が大きく変化したのもその頃だ。創業当時から手掛けてきたシャツよりも、ネクタイの需要が一段と伸びた。初代イタリア大統領のエンリコ・デ・ニコーラから、現職のセルジョ・マッタレッラまで、歴代大統領は「マリネッラ」のネクタイを締める。ブランドのステイタスが、じわじわと確立されたのだ。
Photos by Mimmo and Francesco Jodice for E.Marinella - “Napoli e Napoli” book
1964年東京生まれ。ファッションエディター、ファッションジャーナリスト。
流行通信社(『流行通信HOMME』編集部)、婦人画報社(『メンズクラブ』編集部)を経て、イタリアに渡る。フィレンツェ、ナポリ、ヴェネツィア、ミラノの4都市に移り住む。帰国後、ウェブマガジン『DUCA』『Espresso per te』(ソフトバンククリエイティブ)編集長歴任。星美学園短期大学で非常勤講師。雑誌『メンズプレシャス』のエグゼクティブ・ファッションエディターを務めた。ウェブサイト、トークショーでも活躍。イタリアのクラシックなファッションを中心に、メンズファッション全般にわたる歴史やスタイル、トレンドに精通し、SNSを積極的に発信する。
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