マリネッラ創業110年
ーーイタリアの文化と社会とともにーー
第十二回「2010~19年:“マリネッラ”創業100周年。世界的なステップの局面」
Mar 20, 2024
2024年6月に創業110年を迎えるマリネッラ。
メンズファッションエディター矢部克已氏による年代別のコラムを、記念すべき周年に向けてお届けいたします。
年代別のコラムは、イタリアの文化・風俗・ファッション・映画・芸術などの歴史を通し、トピック的な政治経済史を挿みながら、この110年の「マリネッラ」の存在を位置づけるものです。「マリネッラ」の代表的な商品となる、ネクタイの伝統的な魅力や、巧みなものづくりを掘り下げるために準備した、イタリアとナポリの歴史哲学的な視座を踏まえています。
国内経済は、2010年代に入っても低成長のまま。しかし、ファッションやクルマ、デザイン関連の高付加価値な製品は、国際的な競争力を維持し、輸出産業はほぼ堅調。もともと、食べることに欲求の強い国民性だが、オーガニックやサステナビリティ、さらに洗練を重視した21世紀の食文化への進展は好材料。ファッション業界は、ミレニアル世代・Z世代の勃興でSNSによる広告を大いに利用しはじめる。
2010年、国立21世紀美術館がローマに完成。イタリアで最初のコンテンポラリーアートを専門とした国立現代美術館だ。通称“マクシ(MAXXI)” と呼び、建築家ザハ・ハディドが設計した。
2011年、イタリア統一150周年を迎えた。同年、元欧州委員会委員のマリオ・モンティによるテクノクラート政権組閣。危機的な経済を回避するため、抜本的な改革を推進。政党間対立を避ける経済専門家や外交官、知事が選ばれた。
「ブリオーニ」が創業以来はじめてとなる、クリエイティブディレクター、ブレンダン・ミューランを登用したのは、2012年。同年、「マリネッラ」のネクタイが映画『007 スカイフォール』で協賛アイテムに選ばれた。
2013年、「ランボルギーニ」は新型のスーパーカー『ウラカン』を販売開始。
2014年、創業100周年の「マリネッラ」。ナポリの壮大なる遺産、王宮とサン・カルロ劇場を舞台に、盛大な祝賀会が行われた。世界各国から集まった招待客は、総勢1,500名を超えた。イタリア史上最年少の39歳で首相となった、マッテオ・レンツィ大連合政権が誕生したのも、2014年だった。
ミラノ国際博覧会(エキスポ・ミラノ2015)の開催は、2015年。テーマは“地球に食料を、生命にエネルギーを”。約2,220万人が来場。ミラノでの万博は109年ぶり。同年、「グッチ」のクリエイティブディレクターにアレッサンドロ・ミケーレが就任。クラシックなイメージを打ち破り、ミレニアル世代から絶大な支持を得て、ブランドに革命を起こす。また2015年は、ピッティ・ウォモの開催時に合わせて、「ニノ チェルッティ」の特別展が幕を切った。マリノ・マリーニ美術館で行われ、50年以上にわたりイタリア・メンズ・ファッションの中心に君臨した、偉大なクリエーターとして讃えられた。さらに同年、「ジョルジオ アルマーニ」の創業40周年。アルマーニの分厚い自叙伝が発刊。
2016年、ノーベル文学賞を受賞した劇作家のダリオ・フォ死去。享年90。同年、「マセラティ」は『レヴァンテ』を発売。SUVは同社にとってはじめての投入だった。
2017年、アレッサンドロ・マリネッラが「マリネッラ」に入社。ロンドン店で半年間研修し、ナポリ本店で海外事業やデジタルプロジェクトを手がけ、組織的な運営を担当。4世代目の本格的な始動だ。
2019年、レオナルド・ダヴィンチ没後500周年。ミラノ大聖堂、フィレンツェ国立中央図書館、ローマのクイリナーレ宮殿といった重要な場所で、絵画やドローイング、手稿や彫刻など、ダヴィンチの傑作が公開された。同年は、イタリアのファッション界も“サステナビリティ元年”となる。サプライチェーンの見直しやオーガニック素材の使用など、業界総意で対策に取り組む。プラダ・グループが毛皮の使用廃止を宣言したのも、2019年だった。
マウリツィオ・マリネッラは“あまりにも熱烈な時代”と、この10年を表現する。栄誉ある勲章カヴァリエーレ・デル・ラヴォ―ロが授与されたのをはじめ、すぐさま、ロンドンに支店をオープン。振り返れば、イギリスの名品の輸入販売からはじまった「マリネッラ」にとって、ロンドンのショップは、ある意味で凱旋でもあり挑戦でもある。映画『007 スカイフォール』でネクタイを協賛。ミラノ、ロンドンに各2店舗目のショップを立て続けに開く。記念すべきは、創業100周年。国内外から1,500人を超える訪問者がナポリの宮殿・劇場を埋めつくした。さらにローマに支店をオープン。ニューヨーク近代美術館(MoMA)から、「マリネッラ」のネクタイが選出される。極めつきは、イギリスからカミラ皇太子妃(現王妃)がナポリのショップと工房を訪ね、チャールズ皇太子の誕生年にちなんだ、アーカイブ生地を使ったネクタイを注文。もはや「マリネッラ」ブランドは、普通ではない。“博物館級のネクタイ” に位置づけられるのだ。
Photos by Mimmo and Francesco Jodice for E.Marinella - “Napoli e Napoli” book
1964年東京生まれ。ファッションエディター、ファッションジャーナリスト。
流行通信社(『流行通信HOMME』編集部)、婦人画報社(『メンズクラブ』編集部)を経て、イタリアに渡る。フィレンツェ、ナポリ、ヴェネツィア、ミラノの4都市に移り住む。帰国後、ウェブマガジン『DUCA』『Espresso per te』(ソフトバンククリエイティブ)編集長歴任。星美学園短期大学で非常勤講師。雑誌『メンズプレシャス』のエグゼクティブ・ファッションエディターを務めた。ウェブサイト、トークショーでも活躍。イタリアのクラシックなファッションを中心に、メンズファッション全般にわたる歴史やスタイル、トレンドに精通し、SNSを積極的に発信する。
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