矢部克已 / COLUMN

マリネッラ創業100年、そして次の100年
ーー20世紀イタリアの文化と社会とともにーー
【特別編】1900~1930年代までのコラムを振り返る

TYPE : En

DATE : Apr 15, 2023

2024年6月に創業110年を迎えるマリネッラ。
メンズファッションエディター矢部克已氏による年代別のコラムを、記念すべき周年に向けてお届けいたします。

20世紀にスポットを当てた年代別のコラムは、イタリアの文化・風俗・ファッション・映画・芸術などの歴史を通し、トピック的な政治経済史を挿みながら、この100年の「マリネッラ」の存在を位置づけるものです。
「マリネッラ」の代表的な商品となる、ネクタイの伝統的な魅力や、巧みなものづくりを掘り下げるために準備した、イタリアとナポリの歴史哲学的な視座を踏まえています。
今回は、筆者自らこれまでのコラムを短く解説します。

マリネッラの連載コラムを開始するにあたり、ブランドの成り立ちや発展をどのように紡ぎだそうかと計画したとき、巧みな手技のものづくりや、とっておきのエピソードは、当然外せないと思った。また、留意したのは「マリネッラが生きてきた」この100年は、どんな時代であったのか、ということ。政治から、経済から、映画から、音楽から、デザインから、芸術から、ファッションからなど、イタリア国内を取り巻いた文化や風俗を、年代別に記述することで、20世紀イタリアの実像とマリネッラとの位置づけが透けてみえると考えついたのだ。

これは一例だが、あるファッションブランドが誇る、卓越した技術と感性でつくり出した、見事なアイテムがあるとする。世界的に評価され、大きな価値を生み、いかに現在の地位を築いたかという輝かしい「歴史」は、ブランドの常套手段である。もちろん、それはブランドのイメージアップにつながるが、時代からみた、ブランドと社会との「位置づけ」は、わかりにくい。

つまり、イタリアの歴史において、何年に、何が起こったかを記述する連載コラムの手法は、マリネッラが「どんな出来事を横でみてきた」のかを明らかにするものである。「そんな大事件」が起きた時代に、どのような工夫によって、ネクタイを売ったのだろうか。ブランドの哲学や、あるべき姿が表れてくるかもしれない。

“古代の文芸的手法”に言葉を羅列するやり方がある、と言ったのは、作家の池澤夏樹氏。“古代の文芸的手法”とは、わたしの解釈では、羅列した一つひとつの言葉が絡み合い、何か関連性を帯びているようにみえること。あたかも「歴史とのつながり」が語られるように。

それはファッションにも、よくあることだ。あのとき、あのひとが、あの服を、あのブランドを愛用したという事実は、当時、そこに彼/彼女がいた、モノがあったからなのだ。毎回コラムの冒頭に、「この100年の『マリネッラ』の存在を位置づける」というリードを流用しているのは、それらが理由である。

これまでの4回のコラムは、イタリアが統一国家となった後、20世紀がはじまって40年の記述。振り返ると、国家体制を整える政治的かつ経済的な施策が、まず最優先された。ファッションに関するめぼしい事象は少ないが、後年に彩る、鮮やかなカルチャーシーンの素地をみつけることができる。

たとえば、こんな出来事だ。映画監督のヴィスコンティとロッセリーニは同い年。イギリスやフランスから、多くのノーベル賞受賞者を輩出するなか、イタリアでも、ふたり同時に受賞した華やかな時代もあった。あるいは、芸術運動「未来派」は、政治にも食い込んだのがわかる。マリネッラ創業の1914年は、"主役の起点"だ。ジョルジオ・アルマーニの誕生は1934年。綺羅星のごとく名を連ねる、映画や文字、ファッション分野のクリエーターの誕生と活躍が一目瞭然で、時代の空気感も漂ってくるから面白い。現在の状況を知っているわたしたちは、タイムマシーンに乗るかのように時代を遡り、ドキドキとするような「その事実」にであえるのだ。

「時代のいたずら」によって、生きる道が変ることもあった。
1929年に勃発した世界大恐慌。甚大な経済的被害がヨーロッパ諸国も受けるなか、マリネッラはどうしてびくともせず、なぜ、その困難を凌ぐことができたのか。(今度、マリネッラ氏に会ったら聞いてみたい)。隣国、フランス・パリはどうか。大恐慌の波をもろに受け、画廊経営を断念せざるを得なかったクリスチャン・ディオールは、結果的に、20世紀を代表する世界的なファッションデザイナーとなり、ファッションという豊かさを日本にももたらした。

イタリアの1930年代までは、創業から四半世紀を迎えたマリネッラの序章である。



Photos by Mimmo and Francesco Jodice for E.Marinella - “Napoli e Napoli” book

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  • 矢部克已/Katsumi Yabe

    1964年東京生まれ。ファッションエディター、ファッションジャーナリスト。 流行通信社(『流行通信HOMME』編集部)、婦人画報社(『メンズクラブ』編集部)を経て、イタリアに渡る。フィレンツェ、ナポリ、ヴェネツィア、ミラノの4都市に移り住む。帰国後、ウェブマガジン『DUCA』『Espresso per te』(ソフトバンククリエイティブ)編集長歴任。星美学園短期大学で非常勤講師。雑誌『メンズプレシャス』のエグゼクティブ・ファッションエディターを務めた。ウェブサイト、トークショーでも活躍。イタリアのクラシックなファッションを中心に、メンズファッション全般にわたる歴史やスタイル、トレンドに精通し、SNSを積極的に発信する。
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